にょほほ電鉄−車両−銚子電気鉄道
銚子電気鉄道は、千葉県最東端の銚子市内に路線を持つ鉄道。バブ
ル期には県内の工務店の傘下となり、駅舎の改装等を行うも、当時
の社長の横領事件により、経営は窮地に追い込まれた。しかしウェ
ブサイトにて「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」と
副業である「ぬれ煎餅」の購入を呼びかけたところ、マスコミ等で
大きく取り上げられたことから購入が殺到、これにより当面の廃止
は免れた。現在も「ぬれ煎餅」は本業を凌ぐ売上を誇り、赤字に苦
しむ電鉄を支えている。
駅名標 銚子電気鉄道
駅名標はご多分に漏れず、国鉄風のいたってシンプルなタイプを使
用する。

使用書体:手書き
観音駅の駅名標は、スイス風駅舎のイメージに合わせて道しるべの
ようなデザインとなっている。ただし当駅の表記と前駅・次駅の表
記の大きさが全く同じなため、あまり目立たない駅名標である。

和文書体:ナール
欧文書体:ナール
犬吠駅の駅名標は、ポルトガル風駅舎のイメージに合わせた、白い
タイル地の駅名標となる。他の駅と比較してもかなり大きめのもの
となる。なお左端の駅名標は「銚電ネーミングライツ」により企業
から募集した駅愛称。こちらも貴重な収入源となる。

和文書体:ゴナ

■3000形(2016年)

1000形の老朽化に伴い導入された銚電の最新鋭車両。伊予鉄道
700系(元・京王5000系)を譲受のうえ改造が行われた。塗
装は、過去に運行されていたトロッコ列車「澪つくし号」に施され
ていた、銚子の海をイメージしたブルーの爽やかな塗装を復刻させ
た。2016年3月に営業運転を開始した。

■2000形(2010年)

国土交通省から老朽化車両に対して是正勧告を受けた事に伴い、新
たに車両を導入する事となるが、当初予定していた京王3000系
が予算的に折り合いがつかず、同時期に京王車の導入を予定してい
た伊予鉄道より代替廃車両である800系(元・京王2010形)
を譲受した。銚子電鉄では初の冷房車となる。2001編成は紺色
ベースの塗装、2002編成は1980年代の銚電の塗装が施され
ている。


■1000形(1994年〜2016年)

1959年に製造の営団地下鉄(現:東京メトロ)2000系を譲
り受けた車両である。譲渡元の銀座線は第三軌条集電方式(線路脇
に敷設された電源供給用レールから集電する方式)であるため、銚
子電鉄へ移籍する際に新たにパンタグラフを設置した。登場当初は
赤と茶色の塗装であったが、後に1001号は「桃太郎電鉄」の広
告塗装となり、1002号は「鉄子の旅」原作者の菊池直恵氏デザ
インの塗装となった。晩年は営団地下鉄銀座線および丸ノ内線時代
の塗装とされたが、2016年2月をもって引退した。
※矢印を画像にかざすと「桃太郎電鉄」塗装へ。
■800形(1985年〜2010年)

1950年製造の伊予鉄道106号を譲り受けた車両である。車両
の銚子寄り前面窓は3枚窓非貫通であるのに対し、外川寄りは3枚
窓貫通扉付きとなる。これは伊予鉄道時代に一旦、片側の運転台を
撤去したものを銚子電鉄移籍時に再び両運転台化としたためである。
1両のみの存在であったが、2000形の導入に伴い、2010年
をもって引退した。現在は外川駅に留置されている。
■700形(1978年〜2010年)

1941年製造の近江鉄道51号・52号を譲受した車両。元々は
1928年製造の貨車を電車化した。車両の銚子寄り前面窓は2枚
窓であるのに対し外川寄りは3枚窓となる。これは近江鉄道時代に
一旦、片側の運転台を撤去したものを、銚子電鉄移籍時に再び両運
転台化としたためである。2両が在籍したが、2000形の導入に
伴い、2010年をもって引退した。
■ユ100形(1985年〜2012年)

イベント列車として国鉄よりワム80000形貨車を改造のうえ譲
受した車両。銚子を舞台とし人気を博したNHK朝の連続テレビ小
説「澪つくし」にちなみ「澪つくし号」と名づけられた。保守の問
題から2007年より休車となり、しばらくは外川駅構内で留置さ
れていたが、その後解体された。